はじめに
腹膜透析には「QOLが良好」「心血管系への負担が少ない」「残存腎機能の維持」といった利点があります。
しかし、腹膜透析の普及率は低く、透析治療の3%にとどまっています。
腹膜透析は血液透析と比べて、遜色ない透析方法です。
なのに、なぜ日本は普及率が世界で一番少ないのか?を今回は説明していきます。
腹膜透析の普及率が少ない9つの理由
- 腹膜透析を実施できる医療機関、医療スタッフが限られている
- 糖尿病性腎症の患者さんには不向きと考えられている
- 高齢患者の導入に抵抗感がある(PDは自己管理が重要になるため)
- HDの成績が良好であり、世界で最も良好な生存率を示している
- 患者の入院が困難(医療保険上、入院PDの費用の一部が認められない)
- HDと比較して病院の収益性が悪い
- 腹膜劣化等により長期のPD継続が困難(HDへの切り替えが必要)
- 社会的にPDの認識が不十分であり、情報が少ない
- 患者側の自己管理への不安
こういった様々な理由が隠されているんです。
この中から、1番、2番、3番、8番について深堀していきます。
1. 腹膜透析を実施できる医療機関、医療スタッフが限られている
腹膜透析が実施できる「医療機関」、管理できる「スタッフ」が圧倒的に少ないのが現状です。
HDしかできない環境であると、必然的に患者の選択肢もHDだけになってしまいます。
治療の選択肢が増え、患者さんとご家族が共に納得した上で治療法の選択をするのが理想です。
2. 糖尿病性腎症の患者さんには不向きと考えられている
糖尿病性腎症の透析導入比率を見ていくと…
HDが45%、PDが38%となっています(わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日)
糖尿病の方は「腹膜透析の継続率や生命予後が良くない」と認識されてきた経緯がありました。
HDよりもPDの方が少ないことから「糖尿病性腎症の方には、腹膜透析は不向きなのでは」という懸念が隠されています。
糖尿病患者が、HDよりもPDの導入率が低くなっている理由として、以下のような理由が挙げられます。
- 網膜症による視力低下や末梢神経障害の影響で、PDの手技が困難になる
- 血糖管理や脂質代謝への悪影響が懸念される(透析液からの影響)
- 高血糖などを原因とした除水不足が生じ、体液管理が難しくなる
その一方で糖尿病性腎症が原因で、HDが困難になることもあります。
理由は以下の通りです。
- 透析低血圧を起こしやすい(自律神経障害があるため)
- 抗凝固薬による出血傾向(網膜症の増悪)が懸念される
- 動脈硬化が強く、VAのトラブルを起こしやすい
と、ここで糖尿病とPDに関する報告や論文を見ていくと…
まず1つ目はこの報告
糖尿病性腎症に限定したPDとHDの生命予後を比較した、25の研究をまとめた総説によると、いずれの治療法も優位性は見いだせなかったという結論が出ている1)
また2つ目の報告は…
糖尿病と非糖尿病のPD患者の腹膜透析継続率と生存率を比べた研究では、有意差無しと報告されている2)
このように糖尿病の方は少なくとも、腹膜透析と血液透析を比較してどちらかが向いているという結論は出ていません。
2019年日本透析医学会の腹膜透析ガイドラインには「糖尿病性腎臓病の患者さんの透析療法は腹膜透析開始と血液透析開始のどちらがよいか?」という問いに対し「推奨無し」と記載があります。
1)参考元:Dialysis Modality Choice in Diabetic Patients With End-Stage Kidney Disease: A Systematic Review of the Available Evidence. Couchoud et al. Nephrol Dial Transplant 30: 310-320, 2015)
2)参考元:Clinical Outcome of Incident Peritoneal Dialysis Patients With Diabetic Kidney Disease. Kishida K, et al. Clin Exp Nephrol Mar;23(3):409-414, 2019)
なので今では、糖尿病の方でもPDを実施することは問題ありません。
従来では不向きとも捉えられていた糖尿病が、腹膜透析を安全に行えるようになってきた背景として、以下の要素が考えられます。
【腹膜透析デバイスの改良と進歩】
- ツインバッグシステム → 腹膜炎の減少
- イコデキストリン → 除水不全による体液過剰の是正
- 生体適合性透析液 → 腹膜の形態変化・機能障害の是正
【その他】
- ARB(降圧薬)の普及 → 腹膜の形態変化・機能障害の是正、残存腎機能保持
- 新たな糖尿病治療薬 → 血糖コントロールの管理向上
今では糖尿病の方も、安全にPDを受けられます。
3. 高齢患者の導入に抵抗感がある
上のデータをみると、全透析導入患者(左側)では75歳以上の方々の割合が最も多くなっているが、腹膜透析患者(右側)においては75歳以上の方の割合が少ないことがわかります。
これは何を表しているかというと…
腹膜透析の手技習得が高齢者にとって難しいと考えられるので、はじめから腹膜透析の導入を敬遠しがちであることが考えられます。
これも腹膜透析の普及が遅れている原因の一つになります。
8. 社会的にPDの認識が不十分であり、情報が少ない
現在HDを行っている患者で、CAPDを知っていると答えた患者は、70歳代で20%台、80歳代では10%台にすぎないことが報告されています※
少ないですよね。
日本では透析導入前の、患者への十分なインフォームド・コンセントがなされていない可能性があります。
これは2001年の調査なので、今はどうかわかりませんが、ドクターやコメディカルが「腹膜透析もある」という説明を患者さんにしていなければ、その言葉自体知らない人は多くいると思います。
また、これは欧米の報告にはなりますが、保存期からの透析導入教育がきちんとなされている施設では、圧倒的にCAPDへの導入比率が高い、と報告されています。
つまり、患者への情報提供と教育で大きな差が生まれるということです。
近年欧米でもCAPDの選択率が低下傾向にあり、問題となってきているようです。
※ HDを施行している患者への全国調査(2001年の全国腎臓病協議会の透析患者へのアンケート調査より)
https://jsn.or.jp/journal/document/51_7/864-874.pdf
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